沖縄県史 < INDEX >

《沖縄県史第9巻(1971年琉球政府編)および沖縄県史第10巻(1974年沖縄県教育委員会編)》 Part 1 補遺編 沖縄戦証言 首里 (1) (PDF) 沖縄戦証言 首里 (2) (PDF) 沖縄戦証言 護郷隊 (PDF) 沖縄戦証言 愛楽園 (1) (PDF) 愛楽園 (2)(PDF形式:446KB) 大東諸島 …

< Index > 学徒動員

随時ゆっくり更新していきます。 学徒動員への過程 1) 沖縄師範学校男子部(師範鉄血勤皇隊) 2) 沖縄県立第一中学校(一中鉄血勤皇隊・一中通信隊) 3) 沖縄県立第二中学校(二中鉄血勤皇隊・二中通信隊) 4) 沖縄県立第三中学校(三中鉄血勤皇隊・三中通信…

米軍基地 旧名称と新名称

-沖繩返還協定及び関係資料- 5. 了 解 覚 書 別紙の表は,本日署名された琉球諸島及び大東諸島に関する日本国とアメリカ合衆国との間の協定第3条の規定に関し日本国政府とアメリカ合衆国政府との間で行なわれた討議の結果を示すものである。 1971年6月17日…

恩納通信所と恩納VOA送信所

VOA送信所(国頭村) 所在地 : 国頭村字奥間・字鏡地・字桃原 返還面積 : 564千m2 沿革 昭和26年: 放送施設建設のため強制接収 昭和39年: 22千m2が返還 昭和52年: 500千m2が返還され、ほぼ返還完了となる 接収の経緯 この施設は、国頭村赤丸岬の南端に位置し、…

ハワイの捕虜収容所に送られたウチナーンチュ

琉球新報シリーズ『忘ららん~ハワイ捕虜・72年後の鎮魂』 渡口彦信さん 12名の遺骨、故郷に帰したい 古堅実吉さん 食事、家畜のように 渡久山盛吉さん ハワイ県系人は「命の恩人」 戦没者 石川苗得さん 弔問者証言で事実知る 遺族 金城弘昌さん 決裁文書…

昭和高等女学校 梯梧学徒隊

昭和高等女学校 梯梧学徒隊 野戦病院で看護隊 卒業証書もらえずじまい 生きて腐る負傷兵 死と隣り合わせの看護 弾雨の中、涙の埋葬 「家に帰り…」と級友息絶える 「死体に涙が出ない」人間を悪魔にした戦場 昭和高等女学校 梯梧学徒隊 那覇市泊にあった私立…

服部あさこ『「集団自決」訴訟における軍命否定証言の背景』(2017) シノプシス 岩波書店らが被告となった「集団自決」訴訟において、原告側証人の一人宮平秀幸は、梅澤部隊長が自決を諫めるのを聞いたと証言した。この証言は他の証言との矛盾が多く、判決に…

宜名真・辺戸住民斬殺事件

日本兵、国頭で住民虐殺 スパイ嫌疑で9人 事件詳細、村史に初記録2016年11月15日 06:30 沖縄戦 戦後 国頭村史 住民虐殺 国頭 伊地 桃原 半地 【国頭】沖縄戦中や戦後に国頭村の伊地、桃原、半地の各地区で、日本兵が同村の地元住民や中南部からの避難民らを…

与那国で遭難、慰安婦にされた女性たち

従軍慰安婦船の爆撃事件 1944年12月台湾から連行された朝鮮人の従軍慰安婦53名を乗せた船が、宮古島に行く途中、久部良港に到着。夜出発する予定であった。しかし、アメリカの艦載機に発見され、機銃掃射とロケット弾の猛攻をくらい、46名の従軍慰安婦がなく…

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[証言記録 兵士たちの戦争] 沖縄 終わりなき持久戦の結末 ~陸軍第24師団~ 証言 山形・歩兵第32連隊 田畑 勝男さん 「強いられた持久戦」 北海道・歩兵第89連隊 満山 凱丈さん “地獄はこの世にある” 北海道・歩兵第89連隊 笹森 兼太郎さん 「沖縄…

Exodus ~ 朝鮮人軍夫を連れた大脱出

【メモ作成中】 3月27日、阿嘉島の染谷少尉 6月30日、渡嘉敷の曾根一等兵 日本を覆う軍国主義プロパガンダと恐怖政治に対し、知性で抵抗を試みた者たちもいた。こうした知性と勇気を持ち合わせた名もなき英雄たちに光をあて、証言をとり掘り起こしていく作業…

伊平屋島 ~ ヒ素のはいった井戸水

1945年6月3日、米軍が伊平屋島に上陸 伊平屋島の離島残置工作員「宮城太郎」 伊平屋島 伊平屋島と沖縄島の位置 1945年6月3日、米軍が伊平屋島に上陸 75年前の今日、島民の人口3,000人ほどの小さな島、伊平屋島に、米軍は6000人もの部隊を引き連れて上陸した…

座間味島 - 赤松隊長の沖縄戦

座間味村助役の宮里盛秀さんの妹二人の証言 「軍命受けた」助役明言/妹2人が初めて証言 沖縄タイムス 2007年7月6日(金) 朝刊 1面 座間味「集団自決」45年3月25日夜 沖縄戦時下、座間味村で起きた「集団自決(強制集団死)」で、当時の助役が…

与那原

与那原町 戦前 沖縄戦で 与那原町 与那原町へのアクセス 戦前 与那原町立綱曳資料館/歴史/沖縄戦 《AIでカラー化しています》 与那原町立綱曳資料館/歴史/昭和(戦前) 沖縄戦で 1945年5月21日 『雨と泥との闘い』 - 〜シリーズ沖縄戦〜 与那原北方にあ…

第32軍の沖縄県民への根深い差別と不信感 ~ 「沖縄守備軍」の実態

< 1945年5月11日に関するメモ書き > 75年前の今日、沖縄県の #島田叡 知事と警察部長の #荒井退造 は、県民の窮状を直に内務省に伝えるため、8名の密使を東京に派遣することにした。前日には第32軍も援軍要請のため参謀を東京に派遣しているが、なぜその翌日…

一中鉄血勤皇隊 手榴弾と沖縄

手榴弾と鉄血勤皇隊 鉄血勤皇隊の生き残りとして逝った父 17歳の少年兵 親友の死 東京で 「天皇陛下万歳」 再び友だちを失った 父が最期に伝えたかったこと 手榴弾と鉄血勤皇隊 沖縄戦~父が親友に手渡した手榴弾 沖縄戦の最前線で戦い、生き残った父が、最…

第100歩兵大隊

Japanese American Soldiers will receive Congressional gold medal | Article | The United States Army《AIによるカラー化》 第100歩兵大隊(100th Infantry Battalion) 諸君は、敵と戦っただけでなく、差別とも戦い、そして勝ったのだ トルーマン大統領…

沖縄戦の20年前の普天間「宜野湾並松」の写真

基地に奪われた生まれ島。今回発見された宜野湾の写真一枚を AI でカラー化。 沖縄戦 (1945年) の20年前の写真である。20年後、四人に一人の県民が命を奪われ、この土地はいまだに米軍の基地として返還されないまま。 住民の顔もはっきり 1925年の普天間の写…

護郷隊 少年兵の軍事教練 「十名殺したら死んでもいい」

召集前の暮らし “少年”から“兵士”へ 訓練と制裁の日々 「一人十殺」 “子ども”を利用した作戦 伝えられなかった幼なじみの死 なぜ沖縄で 沖縄では、子どもたちが戦場に送りだされた。 中学の学徒兵だけじゃない。国民学校や、役場から呼び出しがかかって、よ…

【試論】沖縄戦写真を AI でカラー化して気づくこと ➁ 火焔の再現は苦手らしい人工知能 ~ 火炎放射器を例に

火焔の色彩を AI (人工知能) はどこまで自動色付けできるのか 焼き払われる民家の写真をカラー化 壕を TNT 爆弾で爆破する写真をカラー化 壕に隠れる人間を襲う火炎放射器をカラー化 実験 - 火炎放射器のカラー画像を再度 AI でカラー化 沖縄戦の白黒記録写…

沖縄戦を生きのびた参謀 ~ 神直道「軍隊の目的は、国民を守るものではない」

悲しみの歳月 沖縄戦33回忌 参謀二人 八原博通 「少数の人としか接触はなかった」 神直道 「逃げろとは言えなかった」 神直道「軍は住民を守らない」「作戦の足かせに」 戦争というものをファンタジーとロマンでしか考えられない身勝手な右翼が戦争賛美を…

731部隊(前編)「悪魔の研究」 ~ 大学は軍と結びつくことで多額の研究費を集めていた

Building on the site of the Harbin bioweapon facility of Unit 731 関東軍防疫給水部本部731部隊(石井部隊)(from wikipedia commons) なぜ日本の大学の研究者たちは あの「悪魔の研究」に手を出してしまったのか。 研究者たちは「一線を越えた」のでは…

首里高等女学校 瑞泉 (ずいせん) 学徒隊 宮城巳知子さんの沖縄戦

Jyunanasai no Wakare/17 Short Lived: Home ナゲーラ壕の中は血生ぐさかったです。血のにおいだけでなく患者の尿が漏れて土が湿って田んぼのように尿でベチョベチョになっていました。それから熱病がはやっていました。4月、5月の雨期でしたので、壕の中…

首里高等女学校 瑞泉 (ずいせん) 学徒隊 ナゲーラ壕の石部隊野戦病院壕でおこったこと

ナゲーラ壕(南風原町)| 戦跡と証言 | 沖縄戦70年 語り継ぐ 未来へ | NHK 沖縄放送局 (1)壕の前で卒業式 首里高女41期生 半数以上33人が戦死 (2)怖かった死体処理 患者が自爆、飛散した肉片 (3)院長「私と戦死だ」 切断した足持ち川に落下 (4…

普天間飛行場に奪われた生まれ里

すごいだろう、おじさんはな、これで基地にはいれるんだぞ、と子どもに自慢してるものがいたが、 歴史を知らなければ、仕事や基地フェスで基地に入ったというだけで何か特別なポジションにいるかのような錯覚におちいる。米軍基地に入れてもらえて、ありがた…

前田高地の戦い

『ハクソー・リッジ』〜作品の舞台をご案内します〜 | 浦添市 【琉球放送】RBC NEWS シリーズでお伝えしている「戦後70年の地平から」です。70年前、本島中部の西海岸から上陸したアメリカ軍は日本軍の司令部がある首里を目指して南下します。そしてこの時期…

沖縄戦から74年、今まで「不明」とされていた「開南中学校学徒隊」の資料が国立公文書館から「発見」される

学徒動員者数および戦死者数が「不明」のままの私立開南中学 2018年の記事、「不明」のままの数字、同窓生の悲願の願い 資料は 2017年まで厚生省が保有、その後、国立公文書館に移管 【開南中学】開南中学通信隊 ~ 生存者わずか4人の通信隊 ~ 学徒動員者…

第三次家永教科書裁判で

2019/7/19 琉球新報 2018/8/31 琉球新報 2019/9/24 琉球新報 2019/9/25 琉球新報

渡嘉敷島の「集団自決」赤松嘉次隊長の沖縄戦 ~ 「そんな話は、まったく身に覚えのないことですよ」

渡嘉敷村長、米田 (旧姓古波倉) 惟好の証言 座間味村助役の宮里盛秀さんの妹二人の証言 週刊新潮「戦記に告発された赤松大尉」(1968年4月8日号) 琉球新報『開き直る赤松元大尉「命令しなかった」』 海上挺進第1戦隊 (隊長: 梅澤祐) - 座間味 海上挺進第2戦隊…

米軍が「捕虜」として記録した沖縄の少年兵

こんな小さな子どもまで、日本軍は兵士にした。 米軍も子どもが「兵」であれば容赦なく大人の捕虜と同様に扱った。 憲兵であるジェター一等兵に捕らえられた少年に捕虜用衣類が与えられた。この少年は日本軍に徴用されていた。(1945年4月7日撮影) A small …