沖縄県史 < INDEX >

コンコーダンス用の書きおこしです。誤字などがありますので、必ず原典をお確かめください。《沖縄県史第9巻(1971年琉球政府編)および沖縄県史第10巻(1974年沖縄県教育委員会編)》 Part 1 補遺編 沖縄戦証言 首里 (1) (PDF) 沖縄戦証言 首里 (2) (PDF) …

< Index > 学徒動員

随時ゆっくり更新していきます。 学徒動員への過程 1) 沖縄師範学校男子部(師範鉄血勤皇隊) 2) 沖縄県立第一中学校(一中鉄血勤皇隊・一中通信隊) 3) 沖縄県立第二中学校(二中鉄血勤皇隊・二中通信隊) 4) 沖縄県立第三中学校(三中鉄血勤皇隊・三中通信…

比謝川基地 (Camp Bishigawa) - キャンプ・サンソネ

キャンプ比謝川, Okinawa Dave Law - July 2004 米陸軍航空隊第305飛行隊第1分離飛行隊は、 1945年半ばに沖縄本部半島のすぐ西にある伊江島でレーダー運用を開始した。沖縄の侵攻の初期に捕獲された小さな島には、アメリカの戦闘機の作戦を支援する飛行場が…

特設第1連隊

特設第1連隊とは、飛行場の整備のために編成された部隊。武器装備もほとんどないまま、上陸した米軍の正面にすえおかれた。 その中には農林学校の学徒隊170名も含まれていた。 特設第1連隊 第1大隊 第2大隊 特設第1連隊 連隊長 青柳時香中佐連隊本部(第1…

上原栄子『辻の華』から

大正4年(1915)6月、沖縄に生まれる。4歳のとき、「辻遊廓」に売られ、昭和19年(1944)までそこに暮らす。戦後、映画、ブロードウェイの舞台で話題となった「八月十五夜の茶屋」(松乃下)という料亭を経営。昭和27年(1952)、米国軍政府勤務のリチャード・ローズ…

持たされた武器は、竹やり1本と手りゅう弾、自決用の青酸カリ

三枝利夫さん 南西諸島海軍航空隊小禄基地 巌部隊 山下隊 元海軍二等整備 75年後の証言~播磨人の戦争(6)沖縄戦を生き抜いた 三枝利夫さん(上)捕虜になるよりは潔く死を 神戸新聞 2020/08/16 05:30 「よう来てくれたね、ご苦労さん」 のどかな田園地…

捕虜収容所の『沖縄新聞』

米軍は7つの捕虜収容所を設置した。基地の軍作業に以下の収容人数は1946年4月時点のもの。沖縄戦の作戦参謀八原博通ら高級将校は1945年の年末に最初の復員船で本土に帰還している。 本部 屋嘉捕虜収容所 287人第1支所 牧港捕虜収容所 3,531人第2支所 楚辺捕…

国場幸太郎と國場組の歴史

國場組のホームページには、國場組の戦前からの沿革が記録されていたのだが、いつの間にか削除されていましたよ。 とても残念に思いますので、復旧し記録しておきます。 國場組の歴史は、沖縄における日本軍と米軍の基地建設の歴史、つまり沖縄戦と戦後の基…

沖縄建築家 仲座久雄さんの足跡

沖縄で欠かせない「花ブロック」考案 戦火で失われた守礼門も復元 … 建築家・仲座久雄さんの足跡 沖縄テレビ 2021年3月14日 日曜 午後5:00 「沖縄建築」と聞くと、首里城や守礼門といった木造建築から、一般住宅に広く使われているコンクリート建築などを思…

島内の疎開では米軍の収容所の壁に阻まれ郷里に戻ることはできなかった。基地建設の都合で、人々は収容所から収容所へと転々とした生活を強いられた。 三男・繁さんが疎開先に送った唯一の手紙も残っている。10・10空襲で変わり果てた那覇をこう話してい…

離島残置工作員

久米島の戦争を記録する会『沖縄戦 久米島の戦争』インパクト出版 (2021年) 離島残置諜報員は、陸軍中野学校が、第一期生の渡辺辰伊少佐を隊長として、1944年の初夏ら9月にかけて養成を始めた。その狙いは、戦中よりむしろ戦後、敵に島を占領されてからも、…

武部隊 「幸運の武兵団第九師団」~「幸運無傷の兵団」

幸運の武兵団第九師団(沖縄、台湾) 「幸運の武兵団第九師団(沖縄、台湾)」石川県 蕪城直勝 労苦体験手記 軍人軍属短期在職者が語り継ぐ労苦(兵士編) 第4巻 – 平和祈念展示資料館(総務省委託) 第九師団は、満州、沖縄、台湾と転戦し、結果的には幸運無…

沖縄戦を記録した軍医ヘンリー・スタンリー・ベネット (1910-1992) について

Bennett, Henry Stanley : Photographic Archive : The University of Chicago Henry Stanley Bennett, dean of the division of Biological Sciences, and professor of Anatomy at the University of Chicago. 沖縄戦と一人のアメリカ人軍医 スタンレー・…

久米島の戦争を記録する会『沖縄戦 久米島の戦争』インパクト出版 (2021年)

久米島の戦争を知るための必読書 沖縄戦 久米島の戦争 私は6歳のスパイ容疑者 [ 久米島の戦争を記録する会 ] 谷川一家虐殺事件 谷川一家虐殺事件 牧志義秀(字久間地大正2年生まれ) 後ろから袈裟斬り 谷川さんは島の人に慕われていた。ナービナクーをしてあち…

民主主義がどんどん埋め立てられている ~ 戦後76年 遺骨が眠る土砂を沖縄の新基地建設に … 元日本兵や若者たちから抗議の声

戦後76年 遺骨が眠る土砂を沖縄の新基地建設に…元日本兵や若者たちから抗議の声 北海道(HBCニュース) - Yahoo!ニュース シリーズでお伝えしているSDGs北海道から未来へ。戦後76年の今年、SDGsのゴールの1つ「平和」について考え、戦争体験を語り…

八重山高等女学校の学徒兵

八重山の鉄血勤皇隊は、沖縄県立八重山農学校と沖縄県立八重山中学校の2校の隊があった。八重山高等女学校の女学生が野戦病院の従軍看護婦として各部隊に配置された。 八重山高女学徒隊 八重山高女学徒隊: 沖縄県立八重山高等女学校 日本軍はアメリカ軍の進…

八重山農学校の学徒兵

八重山の鉄血勤皇隊は、沖縄県立八重山農学校と沖縄県立八重山中学校の2校の隊があった。八重山高等女学校の女学生が野戦病院の従軍看護婦として各部隊に配置された。 発見された新資料 八重山農学校の学徒隊 八重山農学徒隊(女子): 沖縄県立八重山農学校…

普天間で生きる 普天間基地と戦後

沖縄戦の体験 生きものは何でも食べた ふるさとが消えた 増殖していく米軍基地 高まる米軍基地への反発 声をあげない大人たち 願いは「日本復帰」 米兵相手の歓楽街だった通学路 引き裂かれた沖縄の人々 基地に頼りたくない 苦しい胸の内 無くならなかった基…

戦争証言・中部離島『沖縄県史』

マーランで避難 米軍の陣地構築作業員として 長参謀長の車を運転 日本軍に抗議 宮城島立退き命令 ある娘の虐殺事件 摩文仁まで追われて 浜の渡し番 伊計島守備隊 コンコーダンス用の書きおこしです。誤字などがありますので、必ず原典をお確かめください。《…

特設第一連隊

特設第一連隊 特設第一連隊 連隊長 青柳時香中佐 連隊本部(第十九航空地区司令部)約45人 第一大隊 大隊長 黒澤巌少佐(第56飛行場大隊長) 第56飛行場大隊 (陸軍北飛行場:読谷山村)約300人 第503特設警備工兵隊 約800人 第二大隊 大隊長 野崎眞一大尉 (…

「生死を分けた沖縄戦」『南城市の沖縄戦 証言編 (第2版) 』南城市 (2021年)

コンコーダンス用のための文字起こしを公開しています。読み取りによる誤字脱字があるため、必ず原典を確認してください。 《『南城市の沖縄戦 証言編 (第2版) 』南城市 (2021年) 》 生死を分けた沖縄戦 生死を分けた沖縄戦 新垣源勇 ガマ洞窟を探しまわる父…

沖縄戦証言『玉城村史』玉城村 (2004年)

私の戦時体験記(国頭疎開) 私の戦時体験 武部隊1564部隊に配属された青年の証言 《 沖縄戦証言『玉城村史』玉城村 (2004年) 》 コンコーダンス用の文字お越しを公開しています。脱字や誤変換がありますので正確な原典をご確認ください。 私の戦時体験記(国頭…

『佐敷町史』佐敷町 (1999年)

《『佐敷町史』佐敷町 (1999年) 》 米軍は、沖縄攻略作戦を実施するに当たり、多くの軍政要員を実戦部隊とともに送りこみ、住民対策に当たらせていた。 米軍は、沖縄上陸作戦と同時に本土進攻に備えて航空基地を建設し、中南部の平野部と港湾地帯を無人地帯…

ドキュメンタリー沖縄戦 ~ 出口なき戦場

沖縄戦 出口なき戦場 2020年8月20日 今から75年前、日本軍とアメリカ軍が激しい地上戦を繰り広げた「沖縄戦」。1945年3月末に戦闘が始まり、5月末には日本軍の司令部があった首里が陥落。ここで事実上の勝敗は決していたにも関わらず、その後およそ1か月にわ…

17歳の一中鉄血勤皇隊 ~ 親友との別れ ~ 戦争とは

山田 義邦さん|証言|NHK 戦争証言アーカイブス 一中鉄血勤皇隊 ~ 親友との別れ 授業がなくなった 艦砲射撃の中の卒業式 米軍艦船に埋め尽くされた沖縄の海 配属 追いだされた地元住民 摩文仁へ 極限のなかでの壕の生活 捕虜 親友を失う 戦後の出来事 親友…

大浦崎収容所

戦世そして 沖縄戦74年:基地あるゆえのリスク今も シュワブに眠る哀しみ 伝え続けるウチナーンチュたち | 毎日新聞 毎日新聞 2019/6/22 06:00(最終更新 6/22 15:56) 政府による米軍普天間飛行場(沖縄県宜野湾市)の移設工事が進む名護市辺野古の米軍キャ…

県営鉄道 (ケービン) の運命

県営鉄道 (ケービン) の運命 沖縄県営鉄道、与那原線、嘉手納線、糸満線、海陸連絡線 (貨物) ) は3月に運行停止してたが、沖縄戦で事実上消滅した。 View of the locomotive used on the Kadena-Shuri-Naha rail road. Note the size of the locomotive and …

百名収容所 孤児院

孤児ジーマグワー屋敷に孤児たちが集められているという話を聞き、泉へ洗濯に行きながら覗いてみた。皆、まる裸で、頭から身体中白い粉がかけられていた。聞くところによるとノミ、シラミ退治のためとか。子供達の顔は生気はなく痩せ細り、顔にとまっている…

知念地区 久手堅収容所 ~ 日本兵の襲撃 ~ 胡座の野戦病院と孤児院

知念半島の三村には、玉城村に百名、仲村渠、下茂田の収容所、知念村に志喜屋、山里、具志堅、知念、久手堅の収容所。佐敷村に屋比久や伊原や新里に収容所が作られた。まさに「終盤、半島全体が収容所としての役割」を担う状態にあった。 百名収容所 - Wikip…

特攻隊「遺書」をそのまま読むことでは、特攻隊「遺書」を読んだことにはなりません。

心にあることを言ってはいけない、書いてはいけない言葉が大量にある時代、書いたものが軍によって検閲されている時、あなたなら、どのように「自分の最期の言葉」をつづりますか。 思ったこと、言いたいことが、言えない時代に、自分の特攻と死について書け…