Archive 沖縄県史

沖縄県史 < INDEX >

《沖縄県史第9巻(1971年琉球政府編)および沖縄県史第10巻(1974年沖縄県教育委員会編)》 Part 1 補遺編 沖縄戦証言 首里 (1) (PDF) 沖縄戦証言 首里 (2) (PDF) 沖縄戦証言 護郷隊 (PDF) 沖縄戦証言 愛楽園 (1) (PDF) 愛楽園 (2)(PDF形式:446KB) 大東諸島 …

沖縄戦証言 北谷町砂辺

砂辺の収容所 砂辺 → 島袋 → 宜野座、食糧難と強姦、黒人兵 頻繁にあった強姦事件 - SMP の証言 クマヤーガマをでて クマヤーガマ - 砂辺の避難壕 漢那の捕虜収容所 《沖縄県史第9巻(1971年琉球政府編)および沖縄県史第10巻(1974年沖縄県教育委員会編)》…

沖縄戦証言 東風平村

「南へ下がりなさい」 南部に追われて 「一番こわかったのは、友軍の兵隊」 《沖縄県史第9巻(1971年琉球政府編)および沖縄県史第10巻(1974年沖縄県教育委員会編)》 五月下旬に軍から南部に下がるよう命じられている 沖縄戦の経過南部 「南へ下がりなさい…

沖縄戦証言 喜屋武村山城 マヤー壕の経験

マヤー壕 (マヤーアブ, マヤーガマ) マヤー壕を追いだされ 妊娠中で壕から追いだされ 壕を接収し、住民を注射で「処分」 《沖縄県史第9巻(1971年琉球政府編)および沖縄県史第10巻(1974年沖縄県教育委員会編)》 ら艦砲も何もかもドンドン飛んで来る時で…

戦争証言 宮古島 ( 1 )

戦時下の経済業務 軍とのトラブル 仲間〇〇日誌 こき使われいろんな物をみた役場吏員 朝鮮人慰安婦の遭難 特設工兵第505部隊長は何をしたか 現地入隊者 現地召集兵の証言 軍隊内のリンチ 女子報皇隊員 海上補給がたたれ、食糧と水がなくなる 生活をかかえた…

沖縄戦証言 中頭郡

産業戦士 戦時下に製糖作業 米兵に襲われて 手榴弾を投げつける日本兵 護衛つきの食糧捜し 徴用から解放されて山中避難 国頭に避難、石川収容所、宮森小学校ジェット機墜落事故 戦争中に清明祭 長浜に残る → 石川収容所 配給の差別 国頭疎開 → 辺土名の収容…

沖縄戦証言 本部半島 (1)

本部の戦争体験 - 崎本部 青年学校と徴用 徴用の勤労奉仕 米軍上陸 - 崎本部 子供を三人かかえて - 崎本部 米軍上陸 - 健堅 船員- 健堅 本部山中への避難 - 瀬底 避難 - 大浜 息子をうしなって - 辺名地 久志まで食糧を運ぶ - 辺名地 収容所の頃 焼跡に涙を…

沖縄戦 国頭村

国頭山中の避難生活 大宜味村登野喜屋の住民虐殺事件 国の責任を 《沖縄県史第9巻(1971年琉球政府編)及び同第10巻(1974年沖縄県教育委員会編)》 国頭山中の避難生活 国頭村奥間玉城清威(十歳) 私が戦争を体験したのは満十歳のときで、国頭村奥間に住んで…

沖縄戦証言 伊江島

防衛隊 慶良間の渡嘉敷に 一兵士として 青年義勇隊 救護班員 小学生の体験 小学生の体験 集団自決 子どもの体験 一住民として 子どもたちをかかえて アハシャ壕の集団自決 防衛隊 ○○盛興(二九歳) 一九四四年(昭9)十月八日、私は、球一六六一八部隊に臨時召集…

沖縄戦証言 慶良間諸島 (1) 阿嘉島

青年義勇隊 野田隊 中学生、本島から帰省し義勇隊へ 米軍の上陸 - たった四隻の特攻艇 染谷少尉 日本兵は「玉砕」などしていなかった 敗戦と島の食糧難 野田隊、住民を処刑する - 後藤マツ老夫婦の虐殺 朝鮮人軍夫の虐待と虐殺 6月の投降交渉 炊事班 南洋引…

沖縄戦証言 久米島と鹿山隊

久米島に生きて 十・十空襲 南部への敗走 本島脱出 久米島へ 「いやな予感鹿」- 鹿山部隊の陰湿さ 陸軍だけの寄合 仲村渠さんの説得 屋嘉収容所で鹿山隊長と会う 谷川ウタは私の娘 同胞の骨を拾って 沖縄戦中の朝鮮人 あいまいな点 戦時日記(抄) 投稿する住…

沖縄戦証言 大東島

大東諸島戰時日誌 南大東島の戦時状況 文字おこし途中 大東諸島戰時日誌 昭和十九年 九月 南大東島に海軍飛行場設定。 十八年七月一 大城中尉指揮の下に防衛隊が組織される。 十九年二月二五日 米潜水艦、沖大東島(ラサ)を砲撃。 三月十二日 北大東島碇泊中…

沖縄戦証言 愛楽園 (1)

戦争の中の愛楽園 作成途中 1944年 10月10日、十月十日 空襲。軽傷者数名、建物焼失八棟。 10月20日 上原信雄、愛楽園勤務。 1945年 1月1日 空襲。 2月23日 空襲。 3月1日 空襲。犠牲者一名。 3月10日 空襲。職員事務本館と倉庫焼失。 3月23日 この日から連…

沖縄戦証言 護郷隊

護鄉隊 護郷隊員として 少年と兵隊の間 三中兵 護鄉隊員 護娜隊員 《沖縄県史第9巻(1971年琉球政府編)および沖縄県史第10巻(1974年沖縄県教育委員会編)》 護鄉隊 護郷隊は上陸に備え橋を破壊し倒木し道路を塞ぐといった工作活動にも従事した。 Road bloc…

沖縄戦証言 首里 (2)

奇跡の生還後 (座談会) 台中丸の撃沈 首里先発隊 奇跡の生還後 (座談会) 首里市大名大山盛吉(三十歳) 同大山米子(二四) 台中丸の撃沈 1944年(昭和19)4月12日には、神戸港から沖縄へ向かう途中の貨客船・台中丸(3213トン)が奄美諸島の与路島沖合で米軍潜…

沖縄戦証言 首里 (1)

戦場で拾った主人の色紙 生と死の狭間 首里市民の戦争体験 (座談会) 壕の中で出産 子ども二人の爆死 伊江島で防衛隊 《沖縄県史第9巻(1971年琉球政府編)および沖縄県史第10巻(1974年沖縄県教育委員会編)》 首里市 戦場で拾った主人の色紙 首里市当之蔵小…