64年前、この島で日本軍とアメリカ軍による激しい地上戦が繰り広げられた。犠牲者は20万人あまり。この戦いには日本で初めて14歳から17歳の中学生、900人あまりが陸軍の兵士として動員された。鉄血勤皇隊。少年たちは、年長の兵士に命じられるまま、戦場でさまざまな役割を担わされる。
圧倒的なアメリカ軍の戦力の前に、追い詰められて行く日本軍。後方にいた少年たちの命も、次々に奪われていった。極限の状態で戦場をさまよった少年たち。沖縄全土で招集された中学生、900人のうち実に400人以上が命を落とす。
一中通信隊として、電信第36連隊第6中隊へ配属
10月に投降、捕虜となる
沖縄県立第一中学校を繰り上げ卒業
野戦重砲第1連隊第2大隊へ配属
6月、米軍に捕らえられ捕虜となる
第一中学校を繰り上げ卒業
鉄血勤皇隊へ入隊するも、部隊配属前に除隊
6月、家族とともに捕虜となる
第一中学校3年時に、鉄血勤皇隊へ入隊
野戦重砲兵第1連隊に配属
6月、米軍に捕らえられ捕虜となる
第一中学校3年時に、鉄血勤皇隊へ入隊
野戦重砲兵第1連隊に配属
6月、米軍に捕らえられ捕虜となる
第一中学校卒業、鉄血勤皇隊へ入隊
6月、負傷して倒れているところを米軍に捕らえられ捕虜となる
戦後の出来事
実はね、昭和25年か24年です。行ったときに、僕は友だちのところを探していたんだが、よく分からないわけです。しょうがないから新宿の地下街、当時負傷兵がいまして、包帯を巻いて目の見えない、今の物ごいみたいなもんで、歌を歌いながらハーモニカを吹いたりなんかしてお金をもらって生活している。この連中と僕2日間いたんですよ。行く場所がないから。でもとっても親切だったですよ。寒いでしょう。新聞紙をクルクル巻いて寝ていましたけど、2日間。そのときに、確かどこそこだったなと思って探しに行ったら、今の豪徳寺というところかな、あの辺だったと僕は思う。はっきりしませんけど。そうしたら、玉砂利の敷かれた道なんですよ、きれいな。松の木が横から大きな塀のあるところから松がのぞいているでしょう。そこの屋敷からピアノの音が聞こえるんですよ。あのときは僕は「エリーゼのために」なんて知らなかったんですよ。聞いたことないし。タンタン…って鳴るでしょう。そうしたら僕は一瞬立ち止まりましたよ。玉砂利の敷かれた立派なところですよ。いったい誰が戦争したんだと。俺がこんなみじめなかっこして、あんなみじめな思いして、振り返ってみて。僕が1週間前に出てきた石川は、ネズミ、シラミの生活で、みんな虫みたいにうごめいた生活をさせられているんですよ。やぶけた天幕の中で。ああいうことをさせられている沖縄の人間。いったいここで、こういうピアノを弾いている。いったい誰が戦争をしたんだと。悔しいやらなんやらで、一瞬立ち止まっていましたよ。それから、わたしは当時はやまとぐち、日本語があまり話せない、話せないっておかしいけど、受け答えぐらいしか。だって家庭で日本語で話するところないですから。そうしたら、そこにまた差別というのがあったんですよ。僕は知らなかったの。差別というのがあって、お前、琉球人かなんて言われたら、あれっと思ったんですよ。なんだろうと思った。そういうのが重なって、僕はそのピアノの音を聞いたとき一瞬立ち止まって、「いったいどうなっているんだ、この国は。誰が戦争して、なんのために僕はこんなみじめな格好してここに立ちすくんでいるんだ」って。悔しいやらなんやらもう複雑な気持ちだったですね。
第一中学校三年生時に鉄血勤皇隊へ入隊。
独立重砲兵第百大隊に配属
6月、米軍に捕らえられ捕虜となる。
鉄血勤皇隊本部に配属、一中の校長らと行動をともに。
第一中学校入学3年生を終え鉄血勤皇隊へ。
鉄血勤皇隊本部に配属、一中の校長らと行動をともに。
部隊配置の前に除隊。家族とともに捕虜となる。
第5砲兵司令部に配属
摩文仁で捕虜に
捕虜になってから
恐い。かえって、日本軍が恐かった。日本軍は友軍、友達の軍で友軍と言っていたが、友軍が恐い。夜、襲われておった。それは、まだ後の話だけどね。トミザトとオオヤマという人が来てね、アラザトイサオのお母さんにそこで偶然会ったわけ、捕虜になってから。そのアラザトイサオのお母さんが、いろいろ、おれを息子さんの代わりに、シラミがたかっている洋服を洗ってくれたりしていた。ある晩、このお母さんの残っている民家に、そこで寝ていた。「あんたたちは奥の方に寝なさいよ」と言われた。「表の方はわたしたちが寝る」。「逆じゃないの」と思ったんだけど、「女が外の方に寝るとあれじゃないの」と言っていたのよ。夜中に兵隊が3人来た。起きろ、食糧を出せと。おばさんたちが説得した。ここに僕たちが、男がいたら、男は連れていかれて、もしあれだったら殺される。あのときはほんとに困った。そのおばさんたちのグループがいろいろ「兵隊さん帰ってちょうだい」と。「わたしたちは女だけしかいないから、恐いから帰ってくれ」と。帰って、それを翌日までに米軍に報告したら、すぐ米軍の兵隊が来てね、家探しじゃない、野良探しをした。恐かったね、友軍が。夜中から何をするかわからない。
野戦重砲兵第1連隊に配属され、沖縄本島での戦闘に参加。
米軍に捕らえられ捕虜となる。