金武の旧億首橋 沖縄タイムス 2020年6月30日「「橋を爆破して敵食い止める」と日本軍」
沖縄タイムス「橋を爆破して敵食い止める」と日本軍 住民は馬車捨て、川渡り避難 金武の旧億首橋
2020年6月30日 14:30
[もの言わぬ語り部たち 地域の戦争遺跡](8)

億首川を主な水源とする金武ダムのすぐ横に、旧億首橋はある。1931年に建設され、現在の並里区と中川区を結んでいたこの橋は、住民らが徒歩や馬車で行き交っていた。橋は45年3月末ごろに破壊されたが、詳しい経緯は明らかになっていない。現在は約5メートル四方の先端部分だけが残っており、金武町教委は、沖縄戦の遺構として保存するため、本年度中の文化財登録を目指している。

旧億首橋はコンクリート製でアーチ状をしており、建設当時の先進的な建築技術を取り入れた橋だった。

竣工時の旧億首橋(金武町教委提供)
橋の破壊を巡り町史には、3月23日に橋を渡って避難する住民が「(旧億首)橋を爆破してここで敵をくい止める」という日本軍のやりとりを聞いたという証言が記録されている。金武区史には、3月31日に「日本軍、石川橋・億首橋を破壊する」と記載されている。一方、並里区史には「億首のアーチ橋、米軍によって爆撃破壊される」との記述も残っている。
当時15歳で護郷隊に入隊した金城幸昭さん(90)=東村=は「旧億首橋が含まれていたかは不明だが、米軍が上陸する前に、石川橋など東海岸側の数カ所の橋を爆薬で破壊した」と話す。皮肉にも橋を壊して困ったのは住民だったという。「米軍はすぐにブルドーザーで両端から土砂を入れて埋めて、その上を車が走っていた。しかし、馬車で本島中南部から避難してきた住民は馬車を捨てて川を渡るしかなかった」
町教委の玉元孝治さんは「橋は戦跡としてだけではなく、当時の建築技術や交通史を知る上でも貴重な遺構。調査を継続して壊された経緯を明らかにしたい」と語った。
(北部報道部・西倉悟朗)
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