子どもたちの沖縄戦

護郷隊 少年兵の軍事教練 「十名殺したら死んでもいい」

召集前の暮らし “少年”から“兵士”へ 訓練と制裁の日々 「一人十殺」 “子ども”を利用した作戦 伝えられなかった幼なじみの死 なぜ沖縄で 沖縄では、子どもたちが戦場に送りだされた。 中学の学徒兵だけじゃない。国民学校や、役場から呼び出しがかかって、よ…

米軍が「捕虜」として記録した沖縄の少年兵

こんな小さな子どもまで、日本軍は兵士にした。 米軍も子どもが「兵」であれば容赦なく大人の捕虜と同様に扱った。 憲兵であるジェター一等兵に捕らえられた少年に捕虜用衣類が与えられた。この少年は日本軍に徴用されていた。(1945年4月7日撮影) A small …

沖縄戦 震える少女 「あんねーる戦でぃ、むるうらんなてぃ」

こんな小さな子供が戦場をさまよった。 今日は慰霊の日。 74年の月日を経て、 米軍の記録映像で有名な、あの戦場で震えていた小さな子ども。それは自分だったと名乗りでられたかたがいます。 「あんねーる戦(いくさ)でぃ、むるうらんなてぃ(あんな戦争…

僕たちは野蛮人になってしまった - ある19歳の青年の沖縄戦 - 何もわからないまま戦場におくりこまれ、何も考えることできなかった

僕たちは野蛮人になってしまった - ある19歳の青年の沖縄戦 - 何もわからないまま戦場におくりこまれ、何も考えることできなかった。 勇ましく愛国的な言葉で戦争ムードを造成していくやつらは決して前線にたつことはない。沖縄戦で、箱爆雷を持たされて、…

一枚の写真が物語ること「うつろな目の少女」 ~ 日本兵から殴る蹴るの暴行をうけ右目を失明した当時12歳だった男性が訴える、「沖縄県民はもっと怒って立ち上がらなければ」

《AIによるカラー処理》傷の手当を待つ少女。具志頭では軍医によるこのような治療が多く行われた。(1945年 6月21日撮影) A young Okinawan girl waits to receive medical treatment. The military government's doctors are treating a number of such ca…

「むちゃくちゃだけど、兵隊には絶対服従さ。」 - 賀谷支隊 (独立歩兵第12大隊) の遅滞戦闘に動員された少年たち

数えで17歳。 というと、だいたい16歳ぐらい。 何もわからないまま、日本軍の壮絶な遅滞戦闘にかり出され、命を奪われていった少年たちがいた。 遅滞戦闘とは、米軍の前進をできるだけ遅らせる。砲弾の支援もなく、特別の機動力も持たず、ただただ敵方を…

かつて「護郷隊」とよばれた少年兵がいた - 帰ってきた少年に日本兵は「なぜ死ななかったのか」と

16歳のゲリラ兵 第二護郷隊 瑞慶山良光さんの沖縄戦 「護郷隊」へ 「なぜ死ななかったのか」 負傷 包囲された恩納岳 歩けない負傷兵の運命と撤退中の襲撃 海を渡って 心の傷 16歳のゲリラ兵 第二護郷隊 瑞慶山良光さんの沖縄戦 日本軍は、前線で最も危険…