「むちゃくちゃだけど、兵隊には絶対服従さ。」 - 賀谷支隊 (独立歩兵第12大隊) の遅滞戦闘に動員された少年たち

数えで17歳。

というと、だいたい16歳ぐらい。

 

何もわからないまま、日本軍の壮絶な遅滞戦闘にかり出され、命を奪われていった少年たちがいた。

 

遅滞戦闘とは、米軍の前進をできるだけ遅らせる。砲弾の支援もなく、特別の機動力も持たず、ただただ敵方を遅らせるいわば生きた砦。

 

賀谷支隊(独立歩兵第12大隊)は僅かな兵力をもって4月1日から4日までの4日間、敵2個師団の前進を正面6km、縦深10kmにわたって「遅滞戦闘」を実施した。 「遅滞戦闘」は 「部隊を予め数線に配置し、砲兵・戦車の支援下に機動力を発揮しつつ逐次抵抗する」 という 防御戦闘の一方策である。 しかし賀谷支隊は砲兵の支援はなく、特別の機動力も持たず、最初から全力展開のまま戦闘を実施して20~50倍の敵に対してその進撃を遅滞したのである。

https://web.archive.org/web/20171230093543/http://www.okinawa-senshi.com/kayashitai-2010.htm

 

その戦闘の只中に、日本軍は、何の説明もなく、何もわからない少年達たちを投入していった。

 

沖縄タイムスから

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日本軍の壮絶な遅滞戦闘にかり出され、生き延びた証言。

 

米兵にいつ殺されて埋められるか、日本兵に見つかってスパイとして殺されるのではないか、捕虜になっても心が休まることはなかった。

 

 

賀谷支隊(独立歩兵第12大隊)の遅滞戦闘

 賀谷支隊(独立歩兵第12大隊)は僅かな兵力をもって4月1日から4日までの4日間、敵2個師団の前進を正面6km、縦深10kmにわたって「遅滞戦闘」を実施した。 「遅滞戦闘」は 「部隊を予め数線に配置し、砲兵・戦車の支援下に機動力を発揮しつつ逐次抵抗する」 という 防御戦闘の一方策である。 しかし賀谷支隊は砲兵の支援はなく、特別の機動力も持たず、最初から全力展開のまま戦闘を実施して20~50倍の敵に対してその進撃を遅滞したのである。

 

http://www.okinawa-senshi.com/kayashitai-2010.htm

 

1945年4月2日『南北に分断された沖縄島』 - 〜沖縄戦シリーズ〜

 

『沈黙を保ったままの第32軍であったが、特設第1連隊独立歩兵第12大隊の賀谷支隊だけは米軍と交戦、現地召集兵が多く、砲兵も持たない特設第1連隊は読谷山地区で壊滅した。賀谷支隊の任務は米軍の前進を遅らせ、主陣地に引き込むことだった。戦闘経験豊富で精強をもって鳴る賀谷支隊は米軍に痛い損害を与え、後退しながら主陣地まで敵を誘導することに成功する。その戦闘の際でも、歩兵第2旅団から支隊掩護の射撃開始を要請されるが、牛島は陣地の暴露を恐れ、許可しなかった。八原が練り上げた「戦略持久」を徹底的に遂行する。(156頁)

《「沖縄に散った最後の陸軍大将 牛島満の生涯・魂還り魂還り皇国護らん」(将口泰浩/海竜社) 156頁より》

 

第62師団・独立歩兵第12大隊(賀谷支隊: 支隊長賀谷与吉中佐) (第11海軍砲台)

2日は朝から、戦車を先頭に立てた米軍の猛撃がはじまる。第3中隊と歩兵砲中隊の中間を突破した米7師団は、山あいの喜舎馬北方にあった大隊本部陣地を攻撃してきた。死傷続出。ほとんど半数を失うほどの激戦だったが、第1中隊、第4中隊、第5中隊、機関銃中隊は協力して、南下しようとする米軍を阻止した。支隊長は、2日夜、各中隊を後退させ、新陣地につかせた。転進中、第3中隊と歩兵砲中隊は、包囲されていたため、敵中突破をしなければならなかったが、どちらも斬込みを敢行しながら血路を開き、目的を達成した。』(150頁)

《「沖縄 Z旗のあがらぬ最後の決戦」(吉田俊雄/オリオン出版社) 150頁より》

 

neverforget1945.hatenablog.com

 

そして・・・

 

いま、

 

この新垣少年が受けたような青年学校の教育、

 

・「教育勅語五箇条の御誓文を」朗読させたり

・「木銃を持って構えたり伏せたり」する訓練。

 

とか、これ、まさに、戦後70数年にもなって自民党公明党の政治家が復活させようとしているものだ。 

 

buzzap.jp

 

okinawansea.hatenablog.com

 

銃剣道として強化に取り入れられていく木銃の訓練。

 

相手の左胸 (心臓) と喉をねらう柔剣道は、自衛隊に入れば必ず訓練を受ける。それを学校教育に復活させるという。

 

www.kanaloco.jp

  

我々は、くりかえし

再び同じ道を踏み続けているのではないか。

 

おびただしく流された涙と血を、ぜったいにむだにしないために、今必要なのは軍備ではない。

 

時代から学ぶ英知だろう。

 

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今年もオスプレイ不安クラブは、3月25日から9月7日まで、毎日、沖縄戦の今日を配信していく予定です。

 

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