日系・沖縄人系アメリカ人部隊の沖縄戦

 

アメリカ海軍と陸軍では語学専門の将兵とその養成の方針に違いがあり、陸軍は日系人部隊のリンゲストを養成したする一方、ここには書かれていないが、海軍は日系人よりもむしろエリート校の大学などを中心としてアメリカ人で日本語ができる人材を広く獲得した。彼らのなかには、ドナルド・キーン、オーティス・ケーリ、ヘンリー・スタンリー・ベネットらがいた。

 

琉球新報沖縄戦参戦の日系2世、通訳・語学米兵322人」

2006年6月6日 

 沖縄戦に参戦した日系2世の元米軍通訳兵・語学兵が少なくとも322人いることが、「第4回世界のウチナーンチュ大会」実行委員会の調査で5日までに分かり、118人の所在を確認した。所在が確認された通訳兵・語学兵のうち、名字から県系は少なくとも16人以上いるとみられている。

 

 通訳兵・語学兵の存在は、戦時中はもとより戦後も長く秘匿されてきたため、実数が明らかになるのは初めて。

 

 通訳兵・語学兵は米軍の沖縄進攻作戦を遂行する上で、欠かせない役割を担った。沖縄戦の研究者らは「通訳兵の存在は軍事秘密で、あまり表に出てこなかった。貴重な資料だ」と話している。

 

 今回の調査で判明した322人の内訳は、通訳兵が170人(うち死亡確認13人)、語学兵は152人(うち死亡確認1人)。そのうち所在が確認できたのは、通訳兵が88人、語学兵は30人だった。

 

 通訳兵はハワイの日系人が通訳部隊として、1944年9月から海軍スコーフィールドバラックの連合国・海軍語学学校に集められ、短期訓練を受けた上で沖縄戦に派遣された兵士。暗号解読や軍事文書の解読など特殊な訓練は受けていない。日本兵や一般住民の投降を呼び掛けた者もいた。

 

 一方、語学兵は全米の日系2世の中から募集に応じて、暗号解読などの特殊な訓練を受ける陸軍情報部日本語学校(通称MIS)に入学、卒業した兵士。日本軍の捕獲文書や日本地理の解読、捕虜の通訳・尋問などが主な役割だった。戦中戦後、長きにわたってその存在が秘匿されてきた理由に、元通訳兵自身が日本から「裏切り者」と呼ばれることを恐れたり、米政府も日本軍に情報活動が見抜かれることを懸念して積極的に公表してこなかったことなどが挙げられる。

 

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