琉球新報『32軍司令部壕・沖縄戦悲劇の「震源地」』
琉球新報『32軍司令部壕・沖縄戦悲劇の「震源地」』
戦後47年後の沖縄戦記録
総延長は千数百メートル 入り口さえも忘れられ
首里の杜(もり)にセミが鳴き始めた。石垣の向こうでは首里城の復元が進んでいる。守礼門では観光客が記念写真を入れ代わり立ち代わり取っている。平和そのものの風景―。そこを行き交う人たち、そして県民のほとんどが知らない。この首里城の下に沖縄戦悲劇の震源地となった旧日本軍の巨大な第32軍司令部壕が眠っていることを…。
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首里城公園を訪れる人たちは多い。本土からの観光客はもちろん、台湾の人たち、さらに米国人の姿も。
円鑑池近くにある沖縄戦で焼けた赤木にアコウが宿った大木がある。バスガイドに引き連れられた観光客が足を止め、沖縄戦の説明に耳を傾ける所だ。
「第32軍司令部が地下にあったため、激戦になり首里城は焼け落ちてしまいました」。そこから20メートルほど離れた所には網でふさがれたままのコンクリート施設がある。「ここが司令部地下壕の入り口です」とバスガイド。しかし、ここは32軍壕の入り口ではない。この当たりにあった司令部壕の入り口はすべて埋没しているのだ。
赤木にアコウが宿った大木
このアカギはトウダイグサの常用広葉樹で、戦前まで約1mもの太い枝を首里城まで伸ばし、道行く人々に涼しい木陰を提供していましたが、去る沖縄戦により焼かれてしまい、枯れた幹だけが残りました。戦後、その幹も台風で途中から折れてしまいましたが、その後アコウ(クワ科)が寄生し、昔の面影をとどめています。
第32軍司令部は沖縄戦を指揮、その壕はその作戦本部となった。沖縄師範学校の学生243人も動員され、1944年(昭和19年)12月から突貫工事で建設、45年5月末に壕を捨て摩文仁に撤退する直前まで作業は続いた。
入り口は6カ所あり、縦横に掘られたトンネルの総延長は千数百メートルといわれている。深さは15メートルから35メートル。幅は約4メートル、高さは2メートル余。米軍の嵐のような砲撃にもびくともしなかった。
通路の両側に2、3段のカイコ棚のように兵隊のベッドが並んでいた。台所、浴室、トイレも完備し、食糧も豊富に貯蔵。外とは別世界だった。
あれから47年。首里城は復元されつつあるが、第32軍壕はいまだに遺骨が埋もれたままだ。
石原昌家沖国大教授は、司令部壕の存在の薄さを指摘する。「当時は極秘事項だった。ほとんどの人は戦後になってあったことを知ったという程度だろう」。
沖縄戦の体験者は年々少なくなっている。「沖縄戦の実相を記録にとどめ、平和教育の場としても保存する意義がある。早く手を打つ必要がある」と石原教授。戦後47年目の「慰霊の日」が近づいている。
第1坑口の入り口は2023年に特定される。
沖縄タイムス『「第1坑口」の位置特定』
2024年4月24日
首里城地下に構築された第32軍司令部壕 沖縄県の調査で坑木など発見
沖縄戦で首里城地下に構築された第32軍司令部壕を巡り、保存・公開に向けて県が実施した2023年度の試掘調査で、作戦室などがあったとされる司令部の中枢部につながる「第1坑口」の位置を初めて特定したことが23日、分かった。1945年の沖縄戦中に米軍が実施した調査や、60年代の那覇市の調査でも確認されていなかった。県は2026年度に「第1坑口」の公開を目指している。(社会部・當銘悠、吉田伸)
県が同日、県庁で記者会見し、詳細調査の結果を発表した。
試掘調査では、首里城公園内にある園比屋武御嶽石門(そのひゃんうたきいしもん)近くの地表から約4メートルの深さに、壕の入り口付近の床面や柱(坑木)、床板などを発見。県文化財課の立ち会いの下、坑道の側壁が外側に向かって広がっている形状を確認できたことや発見された対の柱(1・8メートル間隔)が出入り口の境目と考えたことから、この地点を「第1坑口」と判断した。
また、第1坑口の天井部分は既に崩落していることも確認。支柱や梁などの構造物はほとんどが消失していると考えられるという。
また、首里城の南にある「第5坑口」の試掘では、司令部壕の構築時に使用されたとみられるトロッコのレールが出土。その他、首里城の「木曳門(こびきもん)」付近で実施したボーリング調査では、米軍の調査資料でしか確認されていなかった壕の中枢部で第1坑道の位置も確認できた。
県平和・地域外交推進課の担当者は「米軍資料の裏付けや、司令部壕の中心を通り、最も長い第1坑道の出入り口を特定できたことが重要だ。公開に向け技術的な課題や安全性の確保などを検討していく」と話した。
県は本年度、未発掘区間とともに第1坑口、第5坑口周辺で引き続き調査する。有識者による検討委員会を設置して基本計画を策定し、具体的な公開方法を議論する予定だ。第5坑口については、県が来年度の公開を目指している。
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