与那原町
《AIでカラー化しています》
1945年5月24日 『絶好の空襲日和』 - 〜シリーズ沖縄戦〜
米軍による爆撃で壊滅的な被害を受けた与那原の町。手前は前線に出向く前に休息する第32歩兵隊の兵士。(1945年5月24日撮影)
The town of Yonabaru, showing the devastating effect of our artillery. Men of the 32nd Infantry rest in the foreground, before proceeding on to the front lines.
沖縄戦で
1945年5月21日 『雨と泥との闘い』 - 〜シリーズ沖縄戦〜
与那原北方にある「ラブ・ヒル」近くの、戦闘が行われた地域。丘の中腹に見えるおびただしい数の壕は、日本軍によって掘られたもの。(1945年5月21日撮影)
Aerial of terrain near ”Love Hill”, north of Yonabaru on Okinawa, where fighting took place. Thousands of Jap caves dug in hillside.
1945年5月29日 『首里城に侵入した海兵隊』 - 〜シリーズ沖縄戦〜
与那原の南側の家々を回る第184歩兵連隊の偵察兵 (1945年 5月29日撮影)
Scouts of the 184th Infantry Regiment, going through houses in the town south of Yonabaru.
写真が語る沖縄 詳細 – 沖縄県公文書館
1945年5月22日 『死ぬまで戦う運命』 - 〜シリーズ沖縄戦〜
廃墟となった与那原
1945年6月27日 『銃殺された久米島住民』 - 〜シリーズ沖縄戦〜
Empty brass shells gathered for salvage.
廃品回収された真鍮製の空薬莢(やっきょう)撮影地: 与那原 (1945年)
与那原の補給地区。南向きの写真。(1945年6月27日撮影)
Aerial view of ordnance area near Yonabaru, looking south.