【試論】沖縄戦写真を AI でカラー化して気づくこと ➁ 火焔の再現は苦手らしい人工知能 ~ 火炎放射器を例に

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沖縄戦の白黒記録写真を AI (人工知能) で自動色付けすることについて、賛否両論があるかもしれない。正確な色彩が正確に再現できるわけではない以上、それはヴァーチャルな実験に過ぎないのではないか、「加工」によって、写真の史料としての価値が失われるのではないか、という批判もあるかもしれない。歴史資料をあざやかな発色でカラー化することは戦争の実相を誤ったイメージで伝えるのではないか、と躊躇する人もいる。 

 

しかし、すばらしい構図や解像度で芸術性を高めるモノクロ写真とは異なり、普通の白黒の記録写真においては、遠近感もなく、何が何の色なのかが一見して判別できないために、脳で画像を再構築し理解するだけで疲れてしまう。逆にカラー化することで、見る側の意識が異化され、おもわぬ発見をすることもある。

 

第一弾では、沖縄戦記録写真の「オリジナル」の記録写真が、すべて適正な色調の状態ではないということ。それらの写真を AI で自動カラー化することによって、よりリアルに近い色調を復元することができる可能性を試してみた。

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battle-of-okinawa.hatenablog.com

 

火焔の色彩を AI (人工知能) はどこまで自動色付けできるのか

第二弾の今回では、戦争の記録写真では不可欠な火焔、その色彩を AI (人工知能) ソフトはどこまで自動色付けできるのかを検証してみたい。

 

今段階の自動色付けでは、爆発や火災、そして煤の色などはあまり正確には再現されないようである。激しい熱量の火炎がほとんど再生されることなく、写真によっては、ときどき突拍子もないカラーで色付けされることもあり、かなり注意したいところである。

 

しかし、それでも、当クラブがリリースしている【シリーズ沖縄戦】において、いくつかの白黒の記録写真をカラー化している。ここでは、我々がシリーズ沖縄戦ブログ化SNS 発信をしていくうえで、自動色付けについて、気が付いたことを少し書き留めておきたいと思う。

 

焼き払われる民家の写真をカラー化

米軍によって焼き払われる民家。民家が真っ白なものに覆われているのが分かるが、赤や黄色の炎は再現されていないように思える。

 

オリジナル写真

日本兵撃退およびノミ駆除のため、小禄半島近隣の家屋が焼き払われる。(1945年6月11日撮影)

Houses are burned in vicinity of Oroku Peninsula to dislodge both Nips and fleas.

写真が語る沖縄 詳細 – 沖縄県公文書館

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AI でカラー化すると・・・

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※ Nips and fleas 「日本兵とノミ」の「ノミ」とは、文字どおりのノミをさすのか、それとも比喩的に何か別のものをさしているのかは不明である。燃やされている家屋は瓦屋根の立派な沖縄の民家である。米軍は「ノミ駆除」という口実で多くの家屋を焼いてまわったことが公文書館の他の写真からもわかるが、米軍はノミ駆除のためなら、犬や猫やすべて焼いて回るのだろうか。

 

本部半島の屋部部落が炎に包まれる。これは蚤を退治する方法のひとつと海兵隊員の一人は言う。沖縄の人が住むところにはかならずたくさんの蚤がいる

写真が語る沖縄 詳細 – 沖縄県公文書館

 

話は戻るが、民家を包んでいる、赤か黄色の炎であるように思えるのだが、AI では白い霧のようなもので包まれているようにしか再現されていない。

 

ほかはどうだろうか。

 

壕を TNT 爆弾で爆破する写真をカラー化

小禄半島の壕をトリニトロトルエン (TNT爆弾) で爆発させる。これも激しい火炎の色はいっさい再現されず、白い煙しか見えない。

 

オリジナル写真

小禄半島を攻略後、無数に点在する壕から日本兵をいぶり出すという困難な任務に取り組む第3大隊の爆破係。それでも日本兵が出てこない場合、トリニトロトルエン爆弾で壕を破壊、封印する。(1945年6月11日撮影)

Demolition men of 3rd Bn., after having secured Oroku Peninsula, go about the arduous task of smoking out Nips from the numerous caves. If smoke doesn't prove effective caves are sealed by charge of TNT.

 写真が語る沖縄 詳細 – 沖縄県公文書館

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 AI でカラー化

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極めつけは、沖縄戦で投入された火炎放射戦車や火炎放射器の記録写真である。これらもすべて白い煙として色彩化される。

 

壕に隠れる人間を襲う火炎放射器をカラー化

オリジナル写真

第6海兵師団の火炎放射器が、沖縄の洞窟の住民に火炎の炎を焼き付けます。(rudeerude)

Flamethrower for the 6th Marine Division, plays a hot lick for the inhabitants of a cave on Okinawa.(rudeerude)

US Marines - Flamethrower on Okinawa

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 AI でカラー化

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あぶらぎった高温の炎を武器として使う火炎放射器も、AI にかかれば、真っ白な噴霧器のようである・・・。これは・・・ちょっと使えない・・・。

 

米軍は沖縄戦でナパームを混ぜた新型の火炎放射器 (flame thrower) を導入した。沖縄の地形を利用した石灰岩の複雑な壕に潜む「敵」を掃討するのに威力を発した。火炎放射器の加熱された油が、壕の中に隠れている日本兵や沖縄の住民に届かなかったとしても、空気を焼き、皮膚を焼き、酸素を滅し、窒息させた。

 

本物の火炎放射器の色とはどのようなものか、ペリリューの戦い海兵隊が日本軍に使った火炎放射器スミソニアン博物館の映像でご確認下さい。時間合わせしてあります。

 

1945年4月19日『米軍の総攻撃「耕す戦法」』

地上では324門の火砲および戦車30輌に加えこの日、沖縄戦に初めて火炎放射装甲車を投入した。ガソリンとナパームを混合の炎は、70メートルないし110メートル先まで届く。

《「沖縄 戦跡が語る悲惨」(真鍋禎男/沖縄文化社) 111頁より》

 

長いオレンジ色の炎がおをひいて、陣地前面にあたったかと思うと、真っ黒い煙が渦をなして空高く舞いあがった。一面めらめらと燃え、渇ききったきび畑や墓のなかでこの火炎放射をまともにうけた日本兵は、まったくあっと驚きの声をあげるまもなく死んでいった。』(196-197頁)

《「沖縄 日米最後の戦闘」(米国陸軍省編・外間正四郎訳/光人社NF文庫) 196-197頁》

 

沖縄戦防空壕内に火炎放射器を噴射した米軍~島袋さんは左半身火傷。消えぬ傷痕

 島袋さんは、1929年沖縄県糸満市生まれ。15歳で沖縄戦を経験し、米軍の火炎放射で半身に火傷を負う。戦後は米軍基地でメイドとして働いた後、夫とともに辺野古に移住、以来60年暮らしている。同地に新基地の建設計画が浮上すると反対運動に参加。足が衰えた現在も、埋め立て工事の中止を求め、辺野古の米軍キャンプ・シュワブのゲート前で座り込みを続けている。

日本軍は防空壕から住民を追い出し泣く子どもを殺した!! ウジのわいた怪我人を野戦病院で助けたのはアメリカ!!~辺野古の"文子おばぁ"が語った沖縄戦~ | IWJ Independent Web Journal

 

ぎらぎらと油の煮える高温の火炎放射器は、その恐ろしい威力で日本軍や住民におそれられたが、また同時に火炎放射器を背負う米軍兵士が日本軍の狙撃の標的ともなり、背負う米兵の側も命がけであった。

 

私の父は第二次世界大戦の退役軍人でした。私が若い頃、彼は戦争のことを決して話しませんでした。しかし、彼が年齢とともに老衰したとき、彼は戦争での彼の役割について話し始めました。彼がサイパンに到着したとき、彼は火炎放射器を与えられ、そしてすぐに、火炎放射器を持つ男がすべて敵に撃ち殺されているということを発見したと言った。

https://www.youtube.com/ コメント欄

 

その地獄の烈火が…、

まるで噴霧器のように真っ白に再現されてしまう。

 

高熱の火炎放射の本来の色とは程遠く、これでは戦争記録写真をカラーで再現というにはあまりに難しい。

 

第二次世界大戦アメリカが使った火炎放射器とは、どのようなものだったか。米海兵隊士官学校が後援した兵器展示イベントの動画で確認してみたい。ナパームを使うことで飛距離を伸ばすことができた。

  

どれだけ恐ろしい兵器だったかがわかる youtube 動画に、このようなコメントが書き込まれていたので訳してみたい。

 

my father told me that this was his dad's job in the pacific theatre during world war 2 and he remembers his dad waking up screaming when he was a kid

自分の父が私に教えてくれたんだけど、これが第二次世界大戦中の太平洋戦線での彼の父親の仕事で、父が子供の頃、祖父が大声を上げて目を覚ましたことを覚えていた。

https://www.youtube.com/ のコメント欄

 

実験 - 火炎放射器のカラー画像を再度 AI でカラー化

 

ナパームの燃える火炎放射器の高温の炎は、75年前の昔のフィルムには焼き付けることができず、色が飛んでしまったのだろうか。今のフィルムであれば火炎の色は正確に再現されるのだろうか。

 

こんどは、現在の火炎放射器の画像をモノクロに修正し、そこから再び AI でカラー化してみたい。

 

A. オリジナル

テロリストが身を隠せないように茂みを火炎放射器で焼却するアメリカ陸軍の兵士(イラク)。

火炎放射器 - Wikipedia

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B. グレースケール化

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C. AI による自動色付け

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ほとんど火炎の色が失われているように思えるが、黄色の色が若干再現されているだけでも、まだ随分ましな方である。

 

他の画像も試してみよう。

 

オリジナル写真

Aircraft Rescue Firefighting Marines aboard Marine Corps Air Station Miramar begin to combat fires during a simulated fire exercise at the ARFF Training Pit here. Constant communication helped them put out the fires as safely and quickly as possible June 13-14.

ミラマー海軍航空基地の航空機救助消防海兵隊が、航空機救助消防海兵隊レーニングピットでのシュミレーション火災演習で、猛火と戦う。6月13日から14日まで、絶え間ないコミュニケーションをはかり、可能な限り安全かつ迅速に消火訓練をおこないました。

File:Aircraft Rescue Firefighting training.jpg - Wikimedia Commons

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グレースケール化

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AI でカラー化

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こ、これはまるで水しぶきの中で散水をしているようにしか見えない。完全に火炎のカラーが喪失している。

 

結論として、古い画像や新しい画像にかかわらず、AI は今の段階では火炎の再現が苦手である。ゆえに、戦争の記録写真を再現するときには、恐ろしい火炎がほとんと再現できないということを念頭に置き、十分に気をつけなければならない。

 

さて、第三弾は、沖縄戦の記録写真をカラー化することで、逆に見えてくるものを扱いたい。次はおそらく来年。

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伊江島にあった「慰安所」 - 伊江島の戦いを生き延びた一人の女性の写真が物語ること - Battle of Okinawa